2002.12.31

西国へ・・

大晦日の朝6時過ぎ、JR東淀川駅に向かい冬の18きっぷ第1回目のスタンプを押してもらう。
新大阪 6:22発の快速姫路行きに乗る。これから下関を目指す。
ムーンライトXXで夜の内に現地へというのがいつものパターンなのだが、今回の旅程の組み方には訳がある。
何がなんでも16:00頃に山陽本線の小野田駅ホームにいなければならない。
山口県に小野田線というローカル線がある。さらにこの路線の雀田という駅から長門本山というところまで支線が延びている。この支線に昭和8年生まれ、齢70歳になる老電車が、たった1両で走っている。

クモハ42・・・・この電車に乗る、写真を撮る。これが今回の旅行の目的の全てである。
大阪から、この電車に乗るのは容易ではない。なにしろ、この支線、朝7時台に2本、夕方4時から5時台に3本しか走らないのだ。この全てをクモハ42001、1両だけで運用しているのだが、日の短い今の時期、いい写真を撮ろうと思うと雀田16時26分発の1本しかチャンスはない。
もっと、日の長くなったときに行けばいいではないかと思うかも知れない。しかし、この電車、今年(2003年)3月で引退が決まっているのだ。この機を逃すともうチャンスはない。
まあ、そんな訳で今回の旅行と相成ったわけ・・・。

7:54姫路着。7:59岡山行に乗り換える。9:19岡山着。次の電車は、9:57小郡!行きである。
小郡着は15:28。5時間あまりの長時間乗車である。
日頃、幹線の普通電車は所轄管内でぶつ切れで、長距離移動する場合、何度も乗り換えを余儀なくされる。なんとかならんもんかと思っていたけど、これは乗り換えなしで一気に小郡まで行ける。有難い・・・。
40分弱の待ち時間を利用して、コンコース内の讃岐うどん屋で腹ごしらえ。
定刻通り岡山出発。

西条を過ぎると山陽本線最大の難所、通称瀬野八越えにかかる。この区間、広島側の瀬野から東の八本松まで22.5‰の一方的な上り坂になっていて、上りの貨物列車は必ず、最後尾にEF67という峠専用機関車が補機としてつく。日本全国で専用機の補機がつく場所は唯一ここだけになってしまった。僕の乗っている電車は、逆の方向、つまり八本松から瀬野へ向かっているので当然,
下り坂となる。昼間ここを通るのは初めてだったので注目していると、なるほど延々と一方的な坂道が続き電車は殆ど惰力走行している。非力なSL時代は大変だったろうなと思う。
広島貨物ターミナルには件のシェルパEF67が直流機としては異例の真っ赤な衣装でたむろしているのが見えた。

注目路線を通過すると、いささか退屈してきた。行程の半分ほどである。日頃ぶつ切れの普通電車に文句を言ってるくせに勝手なもんである。乗り換えたくなってきたのだ。普通電車の一回の乗車は3時間が限度かなと思ったりもする。
もっとも、広島の西、廿日市を過ぎると風光明媚な瀬戸内海沿いを走り景色はいい。
退屈も極度に達した頃、15:28小郡に着いた。すぐに小倉行きに乗り換え、15:56小野田で降りる。
降りてびっくりである。人が一杯。殆どがクモハ42目当てだとわかった。誰しも考えることは一緒だ。「鉄」らしき人たちに混じり、子供連れ、女性もいる。ちょっと意外だった。大晦日の夕方である。こんな時に古い電車に乗りに行く物好きはいないだろうと思ってたけどね・・・。

15:56やって来た宇部新川行き単行電車の座席はほぼ埋まって出発。16:12雀田着。いるいる、クモハ42。すでに宇部側からやって来た人、車で来た人たちのカメラの放列を浴びていた。
とるものもとりあえず、電車に乗り込む・・・。とたんにタイムスリップ。なつかしさがこみ上げてきた。
40数年前には当たり前だった、ほぼそのままの室内である。板張りの床、木貼の壁や座席枠のニスの飴色。
床にひかれた油の匂い・・・。
なつかしい思いは、走り出してさらに募った。くぐもった釣掛モーターの音、コンプレッサーの音、左右に首を振るような独特のゆれ・・・。どれも現代の電車では絶対に味わえない。

クモハ42
長門本山駅


周防灘に沈む夕日を浴びて佇むクモハ42
長門本山


クモハ42の車内
天井の蛍光灯が残念


床は板貼りです。引いた油の匂いが郷愁をさそいます。


長門本山駅に掲示されている
時刻表。たったこれだけしかない
この全てをクモハ42 1両でこなす。


-------------------------------------------------------------------------------------
この電車、もともと阪神間の快速電車として建造されたものだそうだ。昭和8年当時、大阪~三宮間を26分で結んでいた阪急特急に対抗してのものである。いわば今の新快速の祖先である。
その後、関東など各地を転々として最後の勤め先としてここ小野田線にやってきた。
-------------------------------------------------------------------------------------

2.3km5分の乗車で終点、長門本山に到着。みんな一斉に飛び出し電車の周りに群がりカメラの放列。
この終着駅、駅舎もなにもなく一面のホームに雨よけの屋根があるだけの簡素なもの。そして線路はここで途切れている。線路の先は道路をはさんで海・周防灘が広がる。周りは民家がちらほらするだけで何もない・・・。(ここは昔、海底炭田の坑口だったそうだ。)
そこにポツンと老電車が佇む・・・夕日を浴びて・・・だれでも名カメラマンになれるシチュエーションである。ほんと絵になる。
老電車とともにひと時をすごし17:03今来た道を引き返す。17:08雀田着。名残惜しいが、こうして、小さな小さな「大旅行」を終えた。

小野田へ向かう車内で、隣に座っていた青年が3月にここへきたいんだけど、やっぱり飛行機しかないかななどとたずねてきた。長野から出てきたそうで29日から正月一杯、西日本と四国の鉄道を乗りつぶしに来ているそうだ。質問には答えられなかったが、同じ「鉄」仲間としてクモハ42の話に花が咲く。
僕が、人が多いのに驚いたと言ったら、今日はまだ少ない方だとのこと。なんでも和歌山の有田鉄道が今日12月31日で廃止になるためマニアが分散しているからだそうだ。真偽のほどは定かではないが。
でも、彼も家族連れや女性が少なからずいたことは驚きだったようだ。

今晩は、下関で泊まる。明日は長崎まで行ってみるつもり。目的を達したので九州には申し訳ないが、あとの旅は付けたしみたいなもんである。
18:11下関着。駅前のホテルに投宿。街へ出て居酒屋へ。ふぐ刺しで一献。夜は更けていく・・・。