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2003.02.12 ヴィクトリアン・ヌード

昨日(2月11日)神戸の旧居留地にある神戸市立博物館にいってきた。
ここで、テイト・ブリテン美術館が催している巡回展「ヴィクトリアン・ヌード」が開催されている。
それを見に行ったんだけど、タイトルからわかるように19世紀イギリスの画家達の裸体画の展覧会である。美しい女性のヌード(一部男性・子供もあったけど)が2階・3階の会場に約100点展示されており華やかだったよ。

今でこそ、ヌードは絵画の世界で普通のモチーフになっているけど、ヴィクトリア朝時代は裸体画がタブー視されていた。そこに、古代ギリシャ・ローマ神話を題材(隠れ蓑?)にしたヌード大作が続々と現れ大センセーションを巻き起こしたそうだ。年代をへるに従って題材も次第に大胆に直截的になっていく。
ちょっと、面映いような気持ちを持ちながら見に行ったんだけど(下世話やね・・・)
観賞しているうちに癒されたね・・・。行ってよかった。

会場は結構、適度に混んでいて、もちろん老若男女問わずだけどみんな一所懸命、作品に見入っていたね。

猥褻と芸術は紙一重というけど、(なにが基準かよーわからんし、時代とともにモラルもかわれば基準もかわるしね。)たしかに、このような作品に接するとエロティシズムは感じるけど、何の邪念も感じなくなるね・・・ただ美しい。
もっとも、当時の画家は自分の作品に密かに自分の欲望を映しこんだのかもしれないけどね・・・。

「ヴィクトリアン・ヌード-19世紀のモラルと芸術」神戸市立博物館 5月5日まで。



2003.02.27 KATOのDL DF200

仕事がひけて、梅田をぶらぶら・・・。閉店間際のとある中古鉄道模型ショップに寄った。
そこに中古のDF200があった。最近、ELの新製品がなく、少なからず欲求不満になっていたので、ついにEL一筋から浮気をしてしまった。
DF200。北海道限定の最新ディーゼル機関車である。EF200、210、EH500などと同じJRの新世代ロコで、ELファンの僕としても以前から気になってはいた。

KATOのモデルはサイドのルーバーや台車などの彫りの深さなど実車の持つ重厚なイメージをよく再現していて好ましく・・・(実車、実際に見たことないけど。)ほしいな・・・と思っていた。

ところで、
DLには大別して2つの方式がある。ディーゼルエンジンで直接駆動するタイプとディーゼルエンジンで発電して電気モーターで駆動するタイプである。前者には歯車式と液体式がある。はやい話が歯車式はマニュアルシフトの車、液体式はオートマ車ということなのだが、これに対して電気モーターで走る(電気式という)DLは電気機関車だと言えなくもない。要は外部から電気を供給してもらうか、自前で発電するかの違いだけである。
それなら、ELモデルコレクション派としても面目が立つ・・・。こじつけのようだが、そうなんです。
こうなったら、同じ電気式のDF50やDD50も手に入れるか・・・とおもったりもしている。


ともかく、Nコレクションをはじめて、初のパンタグラフのない車両を買った。だんだん節操がなくなってきた。

北海道のヒグマ・・・僕のコレクションの中で異彩をはなつだろう。・・・(注


注)DF200は「Eco-Power RED BEAR」という愛称がつけられている。



2003.03.06 追悼 宮脇俊三さん

追悼 宮脇俊三氏

鉄道紀行作家、宮脇俊三氏が2003年2月26日、肺炎のため逝去した。享年76歳。
これで、氏の新しい作品は永遠に読むことはできなくなってしまった。
淡々としかも、ユーモアにあふれた文体は読者をおもわず引き込んでしまう魅力があったように思う。
僕が鉄道旅行に目覚め、自分のWebサイトに紀行分を載せるようになったのは、氏の影響がものすごく大きい。
氏の作品の特徴は常に自分を物好きな鉄道旅行(時刻表)マニアとして、他の旅行者の中に紛れ込ませてもらっているというつましさにある。決して、他の人々や組織を居丈高に睥睨したりはしない。ときたま同行する人に対しても同じ目線で接し、決して自分の好みを押し付けたりしない。逆に自分にピエロのような役目を持たせさえする。
その中に難しい文学や歴史の知識をさりげなく挿入し、ただのマニアではないことを伺わせもする。

そんな、魅力一杯の氏の作品をもう読むことはできないのかと思うと残念でならない。
たまたま、今年に入って氏の作品をデビュー作の時刻表二万キロから読み返していたところだったので、訃報をネットニュースで見たときちょっとショックだった。
一番いなくなってほしくない作家だった・・・・。

氏のご冥福をお祈りします。・・・・・・・・・・・・・・合掌

****宮脇俊三の原点著作(僕の勝手な思い込みです)******** 

「時刻表2万キロ」 昭和53年 河出書房

 いうまでもなく氏のデビュー作。国鉄全線完乗の記録。
 この作品のユニークな点は、全国に乗り残した路線や駅間を休日を利用して乗りつぶしていった記録だということ。国鉄(JR)全線の90%は、お金とヒマさえあれば誰でも簡単に乗りつぶしができる。問題は残り10%。氏が全線完乗を決意したとき、乗り残した路線が見事に全国に散らばっていた。しかも、列車本数が少なかったり、幹線との接続がうまくいかなかったりなど一筋縄で行かない路線や区間ばかり・・・結局、今まで乗ってきた路線の大半に乗りなおすことになる。会社勤めの休みを利用して乗り残し路線を制覇してゆく七転八倒の物語。

「最長片道切符の旅」 昭和54年 新潮社

 北海道・広尾から鹿児島・枕崎まで国鉄路線の最長経路をたどって乗りつぶして行くドキュメンタリー。特大の、経由地がびっしり書き込まれた通用期間60日のきっぷを携えて挑戦する。氏が会社を退職され、ヒマがある筈なのに家庭内の用事やら公用などでやはりコマ切れで出かけるしかなくなる。はたして完乗できるか?
デビュー作に劣らず面白い著作。

この初期2編に僕は多いに触発された・・・何度読み返しても面白い。
現在は、氏のたどった経路は廃線になったり、第3セクター化されたりして様変わりしているが、一度はやってみたいと思っている・・・。

「増補版 時刻表昭和史」 平成11年 角川書店 「時刻表昭和史」は昭和55年刊行 角川書店・絶版

氏の自分史のような作品。この本を読み返している時に氏の訃報に接した。
氏が、いかに鉄道(時刻表)に親しみを持ち、鉄道旅行にのめりこんでいった過程がよくわかる逸品。
戦前戦後の激動の歴史とシンクロしていて興味深い。氏の筋金入りの時刻表フリークぶりはこのころから醸成されていたのか・・・。
日本は1945年8月15日の敗戦を契機にで社会が変わったと教科書なんかで教えられたし、そう思っていたけど鉄道に関してはそうではなかった。日本人全てがラジオから流れる天皇の玉音放送を聞いていたわけではなかったのだ。その間も列車は定刻通り動いていたそうだ。(少なくとも氏が乗っていた米坂線に関しては)
敗戦後、昭和20年11月ころまで列車ダイヤは戦中と変化なかった。むしろ、昭和21年~23年夏までの混乱の方が大きかった。
鉄道に関するかぎり戦後は混乱が収束に向かった、昭和23年7月のダイヤ改正時以降というのが実態として正しい。
なるほど!!と納得させられると同時に鉄道のしたたかさに目を見張らされる思いだった。

この本は、絶版になっていた「時刻表昭和史」に混乱の昭和21年から23年までの筆者が体験した鉄道事情を加筆したものである。これによって筆者は、鉄道の昭和史前半に区切りをつけられたのだ。

後、氏の作品は、唯一の推理小説「殺意の風景」を含め殆どすべて読んだ。
かえすがえすも残念な氏の逝去だった・・・。